2008年レース結果

1、大会 名 JCF/MTB ジャパンシリーズ富士見パノラマ大会 XC第4戦
2、開催 日 2008年06月01日(日)
3、大会場所 長野県 富士見パノラマスキー場
4、参加者数 男子エリートクラス約75名

5、競技結果 6位(完走者9名)
6、大会結果 1位小野寺健(トレック)
       2位竹谷賢二(スペシャライズド)
       3位千田尚孝(KHS )

7、次戦出場 2008年07月21日(月・祝)
       秋田県 田沢湖スキー場  第21回JCF全日本マウンテンバイク選手権大会        

8、感  想
5月は、6月1日の富士見大会まで5週連続でレースが続く 激戦期であった。
なかでも、5月13日にトレーニング中に転倒し 骨折を負ったアクシデントは、
このレース月間を乗り切るには大変困難な問題だった。

転倒直後の仙台大会(11位)、痛めた身体では一切のMTBでトレーニングが できない中でむかえた八幡浜大会(11位)、
痛みにも慣れ、ようやく数日のトレーニングを再開できた 今大会は、 今のこの状況で、
ベストを尽くすために何ができるのかを模索しながら 組み立てる、身体と相談しながらのレース展開を余儀なくされた。

前日の大雨は、コースコンディションを悪化させたが、 それは、むしろ理解が難しいコースを冷静に見させてくれた。
経験的な要素と、実直な選択を実行するには 格好のコースコンディションとなったからだ。

獲得ポイントが少ないために、相変わらずスタート順位は25番手付近。 1周15分ほどの速いラップを先頭が刻むものの、
私が並ぶ後方は渋滞による混雑があるので、 足を止めなければならいことが多く、満足に走れない。
スタート直後に無駄な加速と減速とで 体力を低下させやすく・・・悔しさが込み上げる。

序盤で焦っても体力を失うだけなので、前走者と適度な間隔を保ちつつ 自身のコンディションを確かめながら進行していった。
仕方がないことだが、トレーニング量が不足をしているため アップヒルセクションでは全く踏み込めない。
ただ、下りのセクションでは他の選手より優位な点が多いので、 登りはマイペース、下りでスプリントをかけるリズムにシフトした。

泥濘で焦りながら奮闘する前走者を視界にとらえつつ、 スリップを極力抑えてドライな路面を最小限の力で走れるように
さまざまな工夫を凝らし、追走。 少しずつ前走者をパスすることに成功していく。

中盤戦辺りから、泥濘で体力を失う選手、 パンクやメカニカルトラブルで沈んでいく選手を脇目に、 私は走ることに集中する。
危険が多いセクションは、多少回り道を余儀なくされるが 最も安全なライン取りでクリアーをしていく。 この時点で10位前後。

後半も少しずつではあるが、バラバラと落ちてくる選手を、 終始一貫したペース走法で飲み込んでいき、 最終ラップでは6位まで浮上。
途中、何度も激しい骨盤からの痛みに 集中力が途切れそうになるが、多くの声援が私を支え、 自転車ごと私を、前へ前へと押してくれた。
最終ラップでは5位の前走者を追い上げるものの、力及ばず そのまま6位でゴールとなる。

誰よりも速くゴールをすることが叶わない現状だが それでも、ベストな体制で走らせてもらえるのも
荒瀬監督をはじめとするTEAMスタッフ、TEAM員、何より 大声援を送り続けてくれたファンの方々の存在の他ならない。
あらためて、御礼を申し上げたい。 来月の全日本には、今年やり遂げたい走りの全てを出せるよう 身体を治し、
トレーニングに励んでいきたいと強く思う。 ご声援をいただき、どうもありがとうございました。

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1、大会 名 第29回オリンピック競技会(2008/北京)
       MTB日本代表派遣選手選考会
       (強化指定選手以外は公式戦第3戦扱い)
2、開催日  2008年5月25日(日)
3、大会場所 愛媛県八幡浜市
4、参加者数 男子エリートクラス61名
       (内、オリンピック代表候補者選考会は15名)

5、競技結果 11位

6、大会結果 1位山本幸平(ブリジストンアンカー)
       2位小野寺健(トレック)
       3位竹谷賢二(スペシャライズド)

7、次戦出場 2008年6月1日(日)
       公式戦第4戦 長野県 富士見大会
8、補  足 今日現在、男子のオリンピック出場枠はありません

9、感  想
先週の仙台大会で痛めた足をさらに悪化させ、今週は調整をとりながら、
打撲の治療に専念した。
膝を少しでも曲げると、痛みが走り、グギグギと音がするほどだった。
しかし、八幡浜大会に入る前日、痛みもだいぶ和らぎスタートを切れると確信する。
痛みは残っていても、それがどうした、と、自分の中ではもう全く問題になってはいなかった。

瀬戸大橋を渡る前、岡山県のバイシクルショップなかやま さんに立寄り、
最新機材の装着と、バイクのメンテナンス、
ポジショニングの最適化を図り、最高のマシンを完成させた。

私が目指してきたポジショニングは、MTBの開発を始めて以来
少しずつ煮詰めている最中であり、これまでにない角度からの開発なので、
豊富な経験と知識、迅速で正確な組み立てが必要だった。

なかやま店長は、経験と知識と研究心といった
モチベーションの高い方なため、
最新の機材でも迅速で正確に組み立てを行なっていただける。
タフな使用に耐えれるようにアイディアが豊富なメカニックの腕前に
最新機材のアドバンテージが最大限発揮ができると
大きな自信に繋がった。

怪我の光明ではないが、新しい機材とそのセッティングは身体に優しい。
ゆとりを持って、ガンガン走れそうな手応えを掴むことができた。
自分のMTBにこれほどまでの大きな手応えを感じるのは
私のこの18年の競技生活で初めてのことだった。

大会前日の試走では、新しいバイクと、とても走りやすい八幡浜のコースは
テクニカルなフィールドをスピーディーに楽しめる走りができ、
決勝への手応えを掴む。

迎えた決勝は、前日の雨がウソのよう晴れ渡り、
力と力の勝負ができる絶好のコンディション。

スタート前には入念なウォーミングアップを行ない、
問題の右足の打撲をほぐしていくと痛みもなく、
スムーズに動くのを確認。
ただ、骨盤の欠けた部分の骨の痛みだけは
あえて気にしないように努めていた。

スタートは位置どりが良かったせいもあり、
シングルトラックへは20番前後で入ることができた。
冷静な自分の心を確認した時「今日は良い感じだ」と
感触を得る。勢いが増す。

レース中にドライコンディションになることを予想していたので、
リヤタイヤはセミスリックを選択。
濡れた急な坂道は押して走るが、登りの殆どが緩やかな傾斜なので
その方が効率良いと狙いを定め、タイヤを決めた。

狙いは的中したとの手応えを得る反面、
打撲を受けた右足は痺れてくる。
軽快なタイヤセッティングに助けられているものの、
力が全く入らない。
受傷後のこの2週間は、満足な乗り込みができていないので、
息も弾む。
登りで挽回することが難しいと判断したので、
テクニカルセクションと下りセクションで挽回する作戦にシフト。
新しいポジショニングは、登りもリラックスもできるし、
力強く走ることも可能だ。

しかも、テクニカルセクションや、下り坂での安定感では
これまでにないパフォーマンスを披露してくれる。
今回は「力強い登り」以外の部分で走ることになった。
レース中盤になると、力つきかけた選手が現れ始め、
集中力の欠如から来るミスを連発している模様。
その僅かなロスを付いて、私はジワジワと順位を上げる。

ラスト2周になると、自らの体力不足が露呈し始め、
そこそこのペースで登り続けることが困難になり始めてきた。
こうなってくると肋骨や骨盤、右足の痛みが私を容赦なく襲う。

しかし、周回毎に勢いを増しつづける沢山の応援は、
高い集中力を呼び起こし、前にいる選手をにらみ続けることができた。

最終周回、前走者をミスを見逃さず、抜き去り、
11位でゴールをすることができた。

今回の大会の僕の実力では25位前後だったと冷静に振り返る。
しかし、沢山の方に応援をして頂き、それがまぎれもない追い風に変わった。
普通じゃない、とこの選考会に出場することをあきらめるよう
温かい激励も数多くいただいたが、私は走ることを選んでからは
迷いも何も残ることなく、この大会に出場をし、ラインに並んでいた。
正直、優勝を狙えるような身体ではない以上、スタッフやファンの方々も
愛媛を目指すには身体が重かったはずだ。
それでも、駆けつけてくれたその気持ちを、
私は次のロンドンオリンピックまで忘れず、
さらなる力に変えていきたいと思ている。

たくさんのご声援をいただき、本当にどうもありがとうございました。
今度も走り続けてまいりますので引き続きのご声援を
どうか宜しくお願いいたします。ありがとうございました。

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1、大会 名 JCF箱館山ジャパンシリーズJ1 XC第2戦

2、開催日  2008年5月18日(日)
3、大会場所 滋賀県 高島市 箱館山スキー場
4、参加者数 男子エリートクラス約64名

5、競技結果 11位

6、大会結果 1位山本幸平(ブリジストンアンカー)
         2位小笠原崇裕(OGA-STYLE CORATTEC)
       3位辻浦圭一(ブリジストンアンカー)

7、次戦出場 2008年5月25日(日)
       公式戦第3戦 愛媛県 八幡浜大会

8、感  想
開幕戦を終えた2日後、トレーニング中に転倒し、頭部6針縫合、肋骨と骨盤の骨折、全身を強打。
救急車で担ぎ込まれた時には、意識がはっきりしなく、意味不明な言葉をしゃべっていた(らしい)。

外傷が酷かった頭部の傷は、医療用のホッチギスで留っているため、
少しの痛みですんだが、全身の打撲と骨盤付近の痛みは自分ではもうどうしようもない状況だった。
特に骨盤のダメージは、ベルトやズボンが触れるだけで目が覚めるような鋭い痛みが走る。

事故当日は、自力で自由に階段の登り下がりが不自由だったため、足がペダルを踏めない以上、
週末のレースは出場が無理なのではないか・・・そんな考えが頭をよぎっていた。
しかし、走り切るためにはスタートラインに並ぶ他ない。こんな痛みに負ける自分ではない、
と、ゴールが出来る可能性がゼロではない限り、僅かな可能性であっても私は走る為の決意をし自宅を出発した。

試走時には、身体を慣らしながら徐々にペースを上げ、何とか走れたが、
スタートの負荷にどれだけ耐えることができるのか正直心配だった。
周回を重ねるたびに、骨盤の痛みのためにサドルに上手に座れない。
強打した右足の痛みをかばうために左足にも負担がかかる。
もう身体のどこが痛いのかさえ、麻痺してきた。
痛みというものが、こんなにも集中力を邪魔し、前に進むためのペダルが踏めない悔しさがこみ上げる。
レース前日はこんな思いで時間を過ごしていた。

レース当日は、案の定、スタートではスジが裏返りそうになり徐々に走り出す作戦を余儀なくされた。
30番前後のスタート後、そのままの順位をキープしながら周回へ入る。
このグループでは、多少渋滞に巻き込まれるが長い直線が多い仙台大会の特徴を生かして
直線待ちをしながら、足の状態を診ながら加速していく。

呼吸が上がりはじめると、肋骨を意識してしまう。
しかし、ポンポンと順位が上がっていくので、怪我のバランスをみながらペダルを回す。

3周目に12番手に上がった頃、前に5〜6人の集団が見え隠れする。
ここへ追いつけば、いっきに5番に上がることができる。
と思った瞬間、遂に今回の負傷が足を引っ張り始める。

まずは11番手の選手を追いかけるも、なかなか追いつかない。
と同時に、その頃には既に私の身体は悲鳴を上げ続け、おかしなフォームでなければペダルを回せない。

最終周回は、満足に動くことができる筋肉を選びながら走行を続け、
ゴールを切ることができた。

満足のいく結果ではないが、現在出来る精一杯の努力でリザルトを残した。
私のこの状況を知るTEAMスタッフには心配をかけ、
いつも以上に迷惑をかけたが、悔いだけは残したくない一心で走った。

たくさんの声援がなかったら、私は1周も終わらないうちにリタイヤを選択していたと思う。

最後まで応援をしてくださったファンの皆さん、
サポートをし続けてくれたスタッフに心から感謝をしたい。
ご声援をいただき本当にどうもありがとうございました。

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1、大会 名 JCF箱館山ジャパンシリーズJ1 XC第1戦

2、開催 日 2008年5月5日(月・祝日)
3、大会場所 滋賀県 高島市 箱館山スキー場 
4、参加者数 男子エリートクラス約75名

5、競技結果 12位

6、大会結果 1位辻浦圭一(ブリジストンアンカー)
       2位小笠原崇裕(OGA-STYLE CORATTEC)
       3位山本和弘(キャノンデールYOU CAN)

7、次戦出場 2008年5月18日
       公式戦第2戦 宮城県 仙台大会

8、感  想
この数年間、ポジショニングを研究してきた。 
その成果を試す場でもある開幕戦。私自身も、北京オリンピック出場に繋げたい一心でトレーニングに励んできた。
コンディショニングの状態は6割程度の仕上がりだ。

スタート順はゼッケン100番が示す通り、最後尾。昨年の最終戦に続く最後尾スタート。
二年ぶりの箱館山のコースだが、試走の感じでは坂の傾斜が緩やかに感じるほど体調は良かったので、期待が高まる。

事前のチームミーティングでは、堅実な運びを目指すべく、10位以内に入ることが第一目標。
もちろん、このハードルは直ぐにクリアーできると踏んでいたから、「1位とは5位以内でゴールをする」
これを最終目標にどこまで食らいつくことができるのか、8周回の開幕戦のスタートを切った。

スタート後は100番から一気に順位を上げて3周目の時点で20位。
しかし、アクシデントは起きた。 フロント変速機がチェーンホイールに接触するトラブル。
ミドル、アウターギアには入るのだが、インナーギアが入らない。
レース後確認すると接触する摩擦力で クランクが手で回せないほどだった。
順調に順位を上げてきたものの、ここから大幅にスローダウン。
何度も停車して、トラブルを和らげようと試みたが、 みるみる順位を落とすのでそのまま走行を続けることにした。
残り5周をこの調子で迎えると思うと気が重かったが、 フィードでの監督・スタッフ・TEAMみんなの掛け声で冷静さを取り戻す。
コースには、沢山のサポーターの応援があり集中力が高いまま レースを続けることができた。
1周につき一人のペースで順位を上げていき、 追加のトラブルもなく無事12位でレースを 終えることができた。
第一目標の10位以内には届かなかったが、 次戦の為のスターティングポイントは獲得できたので
開幕戦より優位なスタートが切れると次戦に続くレースとなった。
本来ならば「優勝」といきたいところだったが 昨年の事故に遭った開幕戦を思えば、中身のあるレース運びができた。
優勝をすることが「当たり前」だった数年前を思うと 今の走りには満足が出来ないが、
それでもゴールを終えた時には、胸がいっぱいになった。

怪我をして走れなかった昨シーズンがあるからこそ、 今日のこのレースに対しても冷静な対応が選択できた。
これも私も支えてくれる監督をはじめとするスタッフ、 レース活動へのご理解ご支援をくださっている各スポンサー、
ファンの方へあらためて御礼をお伝えしたい。 ご声援をいただきどうも有り難うございました。